灰色の殴り書き

昔の言葉で言うならチラシの裏です

31歳になりました

こんにちは、灰色です。案の定三日坊主どころか二日坊主になってましたが、ブログ自体は続けます。多分。

 

さて、タイトルの通り、昨日7/9でめでたく31歳になりました。30歳は節目感もあったのですが、31となると何の感慨もないというか、あとは数字が増えていくだけ感がありますね。

 

本当にありがたいことに、Twitterでもたくさんの人からリプをもらいまして、しかも調子に乗って作った欲しいものリストから今日なんか届くらしいです。大丈夫なんでしょうか。自分が積んだ徳に対して明らかに釣り合わないoverkill量のhappinessが降ってきている気がします。ありがたい限りです。

 

インターネットキッズだった時代は(ここでいうインターネットキッズのニュアンスはyahoo!きっずではなく、グラップラー刃牙最大トーナメント編第2回戦アイアンマイケルvs芝千春の「ファイティング・キッズ」です)、自分の素性、まして年齢を明かすなんて以ての外というのが常識の世界で育っていたので、31歳になったよと言ってお祝いしてもらったり、「同世代ですね!」と声をかけてもらえたりするのが、なんだか未だに不思議な気もしています。

 

卒業して就職して以降、その前のことを振り返って懐かしむだけにはなりたくないな、という思いが、ずっと漠然とありました。自分の場合、新卒一年目は僻地(地方でも田舎でもない)に飛ばされてほぼ丸ごとロストしたこともあり、二年目に関東へ帰還してからは失った一年を取り戻さんと結構やりたいことをやってきました。また、2016年からはハイローにハマってたくさんの素敵な方々と相互フォローになれましたし、幸運にも会社の金で海外に行く機会にも恵まれたりもしました。そんなこんなのおかげさまで、常に楽しさの瞬間最大風速を更新、今が一番楽しい!という状況を更新しながら2020年までやってこれており、全然「あの頃はよかった」と言わずに済んでおりました。裏を返せば、万事が順風満帆とまでは言わないものの、仕事も家庭もその他人間関係も何とかやってこれたということでもあり、本当に幸運続きだったのだなと今は思います。

 

しかしながら、2020年は世の中と同様に自分にとっても激動の年になりました。具体的には、年始に祖母が亡くなり、ほぼ同時に妻が妊娠、2月末からは在宅勤務となり、そのまま8月末に第一子が誕生、2か月間の育児休暇、という感じで、本当に変化の連続で目まぐるしかったな……という記憶しかありません。

 

そうして21年に入ると、新卒2年目から7年勤めた職場からの異動と家事育児でのごたごたが重なり、19年秋くらいから不安定気味だったメンタルがついに崩れました。そうして5月から休職に入り、今こうしてブログを書いています。

 

この一年半ほどは、率直に言って19年~20年頭(before COVID-19)のように大声で「今年が一番楽しい!」というような時期ではありせんでした。ほとんど友人と遊びに行くこともなくなったことで、やっぱり自分は定期的に人と会って話して遊びたいタイプなんだな、とかえって実感しました。また、我が子は大変可愛いものの、やはり常に緊張感を持って接しており、100%楽しいだけ!とは言えないのが正直なところです。

 

今では持ち直しましたが、4月末頃から5月にかけては自分でも別人になってしまったのかというほどの落ち込みようでしたし、今でも不安が付きまとって呑み込まれそうになることもしばしばあります。

 

それでも、いいこともありました。Twitterでも、また大学時代の先輩・同期・後輩にも、本当にたくさん優しい言葉、あたたかい言葉をもらいました。相互だけどあまり話したことのない方がたくさんお話をしてくれたり、久しく連絡を取っていなかった先輩が話を聞いてくれて、それを機にたくさん雑談をするようになったりもしました。

 

弱ったのをいいことに優しくされて喜んでいる自分を、卑怯な奴だと思うような気持ちもありましたが、皆さんに話しかけていただいたことは掛け値なしで本当に嬉しかったです。今でも弱っているときに読み返して元気をもらいます。自分のツイートが好きだと言ってくださった方、すごく真摯な言葉を丁寧に選んでくださった方、何よりも救われました。本当にありがとうございました。

 

苦しんでいる人に手を伸ばすことは、たとえ文字だけのコミュニケーションだとしても、途方もない気力と勇気が必要なことだと思います。不適切じゃないか、かえって悪く取られたらどうしよう、自分なんかが声をかけていいんだろうか、そういう葛藤が伴うものだというのは、自分自身の経験からもよく分かっています。そうして、特にオンラインでは、苦しんでいる人に対して適切な言葉を選ぶことができず、何もできなかったことを後まで悔やんだ経験が、自分もたくさんありました。

 

だからこそ、目を背けたくなるような、ブロックして絶縁したくなるような有様の自分に対して、たくさんの人が一歩踏み込んできてくださったことが、本当に心の底から嬉しかったです。

 

これから先、元気になれたら、まず自分を助けてくれた人に恩返しがしたいと強く思います。できる限りのことをして楽しませたいし、もし落ち込むことがあれば、今度は自分が力になりたいと願っています。

 

そしてその先は、自分が嬉しかったこと、救われたことを思い出して、以前よりも少し勇気を出して、苦しんでいる人に言葉をかけられるようになりたいと思います。大袈裟でも、単なるエゴに過ぎなくても、そうして少しでも、病気する前より優しい人間になれたらいいな、というのが、今の目標のようなものです。

 

落ち着いてきたとはいえ、今も気を抜くと、あるいは何かのきっかけがあるだけで、エネルギーが枯渇してダウンしかねないというのが、おそらく自分の客観的な病状、現実です。そんな状態で大それたことを言うのは気が早すぎるとも思いますが、31歳からの1年間の決意表明として、この感情が薄れないうちにここに記します。大袈裟で暑苦しくて青臭くて独りよがりなことを書けるのがブログのいいところです。きっと。