灰色の殴り書き

昔の言葉で言うならチラシの裏です

褒め上手になりたい

褒め上手になりたいと思う。

 

具体的に言うと、褒めた相手に目一杯喜んでほしい。

 

そのためにいつも考えているのが、その人にとって褒められたいポイントを的確に褒めたい、ということだ。褒め上手ということだともう一つ、「その人自身も気付いていないポイントを褒める」というのも思いつくが、そっちはちょっと容易ではないので、今日は前者をテーマにして思っていることを書いてみたい。

 

人によって、言われたら「分かってくれてるな!」となるような嬉しい言葉もあれば、褒め言葉のつもりで言ったのに全く嬉しくない、それどころか逆効果になる言葉もある。ある人にとって最上級の言葉が、ある人にとっては中傷にしかならないということも有り得るだろう。

 

たとえば自分の場合、「面白い」と言われるのは勿論とても嬉しいが、「変わってる」と言われるのも嬉しい。何なら「声がでかい」「クセが強い」とかも勝手に褒め言葉と受け取って喜ぶ。

 

逆に、「真面目」と言われてもあまりピンと来ない。また、会社の上司に「これなら管理職になっても大丈夫」と言われることが度々あるが、そもそもうちの会社で管理職になりたくもなければ管理職を尊敬もしてないので、全くやる気が出ることはない。

 

この話に関連して、思い出すことがある。新卒一年目にド僻地に飛ばされた後、一年経って東京への異動が決まって、送別会を開いてもらっていたときのことだ。

 

当時はあまりに仕事も生活も苦痛すぎて、会社の人間には気を許さずコミュニケーションを最低限にしていた。具体的には、それ以外の場面の自分からは考えられないほど、大人しく真面目に日々の仕事を消化していた(軽く精神を病んでいた節もあると思う)。

 

そんな中だったので、内示をもらった際に人事管掌の管理職から「お前は真面目すぎて控えめなところがあるからな」というようなことを言われても、そもそも全く素の自分を出していなかったので、何も感じることはなかった。

 

しかしながら、送別会の席で挨拶回りをしていたとき、現地採用叩き上げのベテランおじいさん社員から言われた言葉は全く違った。

 

彼は、「アンタは口が上手い。それは営業でも武器になるから、意識して磨きなさい」というようなことを言ってくれた。それがものすごく嬉しかった。

 

彼は、俺の唯一最大のセールスポイントが喋りであることを見抜いていた。そして、それをさらに訓練しなさい、と言ってくれたのだ。

 

このおじいさんと俺は上司部下でもなく、一緒に仕事をすることはなかった。隣の係だったので、たまに課の飲み会とかで一緒になることはあったが、まあ率直に言ってテンプレな前時代の田舎の人というか、説教くさい爺さんというか、そんな印象しかなかった。

 

この言葉をもらって、そんな自分の認識を反省した。深い理由があってのことかは分からないし、「口が上手い」と褒められて喜ばない人もいるかもしれない。それでも自分にとっては、会社でおそらく初めて、「自分の褒められたいポイントを褒めてくれた」言葉だった。それから7年以上が経った今でもその言葉通りに、意識して自分の喋りを磨きたいな、と常々思い、試行錯誤しながら過ごしている。

 

話を戻すが、そういうわけで自分でも、相手が褒められたいポイントをなるべく見つけて、そこを褒めるように、その人が言われて嬉しい言葉を選ぶように心がけている。

 

相手を褒めるときはなるべくストレートに、照れずに思った通り伝えるようにする。別に相手をおだてて何かしてほしいわけではないので、自分がいいなと思わなかったら無理にひねり出すことはない。そんな感じでやっている。

 

 

また少し話は逸れるが、就活を始めたあたりから何となく、みんながもっと自分も他人も褒めた方がいいのにな、と思っている。就活生の自己分析にしても、昨今よく耳にする自己肯定感云々も、みんながもっと自分自身を褒めて、そして互いを褒め合うようになれば少しは違うんじゃないかな、とかそんなことを考えている。

 

褒めるのは上から目線っぽくて嫌だから、私は人を褒めない、という人がいた。そういう意見もあるだろう。「褒める」という行為(言葉)自体が、なんだか親や先生、上司など目上→目下に向けての行為に感じられるというのは、理解できる。ただ、自分が褒められたときに素直に受け取らず「上から目線なやつだ!」と反応してしまうのだとしたら、それは自分を不幸にしているだけでは……とも思うが。

 

また、褒められたときに、自分は大したことないのに……とかえって恐縮してしまう、という人もいた。その人に対しては、自分は本当にそう思ってます、具体的にはこんなことです、俺にはできないです、と続けて話もしたのだが、それがどれくらい伝わるものかはやっぱり分からない。

 

だから、みんなが褒め合えばいいのにな、というのは自分のエゴでしかない。自分のこういう行動指針が、確実に誰かにとってプラスになったのだと胸を張れることもない。特に理論的な紐づけをして語っているわけでもなければ、思想を持って人材育成の仕事をしているわけでもない。せいぜいが、会社の後輩に接するときに意識しているくらいだ。

 

自分が褒められたいから、他人を褒める。相手に喜んでもらえると自分が嬉しいから、褒める。自分のエゴの行きつくところは、言い換えればこれに尽きる。つくづくしょうもない人間だなと思う。だけど、だからと言って黙っているのはやっぱり性に合わないので、ならばせめて相手が心地よくなってくれるように、少しでも褒め上手になりたいのだ。

 

というわけで、褒められたい人、常時募集してます。