狼を見た。~孤狼の血 LEVEL2 初見メモ~
掲題の通り。途轍もない映画を観てしまった。間違いなくこれまで観てきた邦画の中で一、二を争う完成度だ。凄まじいまでの暴力、リアルすぎる幻想、目を背けたくなるほどの説得力。まとまった文章ではないが、熱量が冷める前に初日の感想を本編振り返りの形で書き留めておくことにする。当然ながら全編にわたって映画本編のネタバレを含むため、今後鑑賞予定の方は閲覧非推奨である。
0. 上林という男
ああ、それにしても、まず思い出されるのは鈴木亮平演じる上林の恐ろしさだ。「邦画史上に残る悪役にしたい」などのコメントは観ていたが、その上がった期待感のハードルを易々と乗り越え、いやレーンごと踏みつぶすかのような暴虐の極致。格闘、性暴力、銃、拘束監禁、絞殺、犬殺し、恐喝脅迫、強要、薬物、報復、刃物、そして独善。およそ一般観客の立場から想像しうるあらゆる残虐を圧倒的な質感で見せつけてくれた。あとやってないのは局部切断くらいなんじゃないか、マジで。
出所してきたとき、舎弟に笑顔を見せるシーンでは、まだ自分の目に映るのは「鈴木亮平特有の、人懐っこい笑顔」だった。同時に、果たしてこれが2時間後にどう変貌しているのか、という期待感を持たせてもいた。結果はどうだったか。幾度となく見せるその笑顔は、しかしながら好青年役が目立っていた鈴木亮平のそれとは全く違う、邪悪な凄味の塊であった。稀代の敵役・上林は、最期の瞬間のその寸前まで、邪という概念そのもののような笑顔を浮かべていた。
何というキャラクターだろう。時系列順に物語を振り返ろうとしても、その強烈すぎる印象が全編をあまりにも強烈に支配しているがために、個々のシーンに思いを馳せることにさえ支障を来す。死亡してなお、観客の脳裏を支配して離れない怪物だ。
上林についてはまた改めて、二回目鑑賞後にでも書くことになるかもしれないが、現時点で備忘のために一点書き加えておこう。鈴木亮平いわく、上林は親の復讐のために行動しており、自分自身を正義、それ以外を全て悪だと思っているということだ。そうしてみると、彼が日岡を指して「鬼畜」と言い、尾谷組を襲撃するのにあたって「外道が!」と叫んだことにも合点がいく。彼こそが鬼畜外道そのものだと我々の目には映るが、彼からすれば正義の鉄槌を下されるべき悪党どもは自分ではなく目障りな敵どもなのである。大上が唯一無二の存在感で活躍した1では、しかしながらこれほどの暴虐存在はいなかった。2を観終わった後に、果たしてガミさんならばどう対決したのか…と考えるのも、シリーズファンに許された楽しみ方だろう。
上林の話をいい加減に中断しよう。幸いパンフレットに年表・時系列表が付属しているため、それをベースに作中各シーンの印象を書き留めていく。シーンごとの順序に不安も多々あるので、間違いがあってもどうか許してほしい。
1. OP~上林のピアノ講師襲撃まで
大上に代わる裏社会の仕切り屋として、年月と共に凄味を増した日岡が印象的なクラブ襲撃のシーン。観客はまずここで、松坂桃李の前作から一新したビジュアル・振る舞いに惹きつけられる。広大出の気弱な好青年はもういない。一方、出所する上林は圧巻の肉体を映すところからスクリーンに初登場、いきなり強烈なインパクト。チンピラのチャカなどには当然怯まず、したたかに五十子の三下どもを一網打尽にする日岡。と、そこにチンタのドスが襲いかかり、倒れる日岡。もしかして、ジョン・ウィックのOPのようにラストシーンを冒頭に持ってきたのか?と困惑。
が、すぐに場面は代わり、チンタが日岡のSであること、その姉家族との関係が描かれる。微笑ましい光景と、日岡の人懐っこい表情が印象に残る。が、同時に大上が利用している描写のなかったS=暴力団内部スパイとその家族ということで、否が応でもこの先の悲劇を予感させた。逆に言えばここで「危ない気がする」と精神的な準備ができていないと、待ち受ける惨劇を受け止めるのは厳しいだろう。
上林の出所シーン。凶悪な囚人が看守に世話になったと礼をしているだけで、もう悪い予感がする。上林出所。鈴木亮平の爽やかな笑顔、この時点ではまだ観客も上林という怪物を測りかねる。が、直後のピアノ講師への凶行でいきなりエンジン全開。いくらなんでも悪い予感的中が早すぎる。看守に子供がいなくてよかったよ。目をくりぬくというのは何かの記事で読んでいたので心の準備ができていたが、事前情報なし・1を未見かつゴア耐性ない人はキツいだろうなー。1の豚の糞みたいな、この映画はここまでやりますよ!スイッチ切り替えてくださいね!というアラートにも思える。そして記憶が確かならこのへんでOP。看守とのやりとり~出所後即座に家族を殺害、という流れは、「世紀末リーダー伝たけし」のバーバリアン編を思い出した。あれ当時ジャンプで読んで恐ろしくて仕方なかったよ。
2. 殺人事件捜査本部~チンタのパスポート
殺人事件の看板題字は署内の達筆な人間が担当するって今野敏で読んだ。そしてはしゃぐ不謹慎親父・瀬島の初登場。瀬島……。1でもトップクラスにヘイトを集めたであろう嵯峨管理官が再登場するも、どこか日岡にへつらうような態度。そして日岡はダメダメオーラ漂う瀬島とコンビを組むことに。この時点だとむしろ瀬島は日岡のやり方にドン引きする要員か、あるいは絆を深めた結果無残な最期を遂げるか、などと予想していた。
一方、上林は出所早々に傍若無人の振る舞いを始める。余談だが、さっき確認するまで1の尾谷組長・伊吹吾郎と2の溝口・宇梶剛士の区別がついておらず、てっきり尾谷が出所して仁正会と兄弟盃を交わすことで手打ちになったんだと脳内で盛大に勘違いしており、尾谷小物になったなーとか思ってた。バカすぎる。
1のパール男まさかの再登場、そして痛い目に遭う。ここの暴力シーンはカットで正解。上林の暴走本格化、溝口アイスピック死。ここの吉田鋼太郎以下が震え上がるシーンはちょっと大げさすぎて劇場でも笑い声が上がってた。あまりに貫目がなさすぎる。続いて五十子の元No.2も残虐殺。もうずっと上林のターン。日岡、事情聴取で上林と初遭遇。二人の白々しい笑顔の応酬がこの先の対決を予感させる。
瀬島のアパートでの懇親会と称した夕食シーン。うだつは上がらないけどあたたかくて信頼できる相棒、というイメージが作られていく。日岡自身も子供のことを調べた負い目を感じていたのだろう。それにしても自分から口を滑らせるというのは甘さを感じさせる。「極道は自分らを悪だと認めるが、思想犯は正義ぶっているからタチが悪い」という瀬島の台詞。当初は瀬島自身は意図せずに日岡の正義をメタに問いかけるような意味合いだと思っていた。
日岡、デパートの屋上でチンタにパスポートを渡す。このときは一瞬なので韓国のだと分からなかった。タイかどこかに新天地を求めに行くのかと。もうこの辺でチンタ死亡フラグ立ちまくり危うさMAX。
上林の過去の回想。ここまで見せてきた残虐そのものの怪物に同情の余地はない。
3. ~チンタ死亡まで
1で嵯峨管理官と並ぶヘイト集め役だった新聞記者・中村獅童再登場。相変わらずのクソっぷりだが、日岡が堂々としすぎているという批判は的を得ているとも思える。それだけに日岡は激高する。その後の安芸新聞のスクープのくだりは記憶が曖昧なのでもう一度観て確認する。続く上林が高坂から真犯人を聞き出した場面については、高坂よく無事で済んだなとも思う。スタンド華でイキる上林組と新生尾谷の制裁。橘(斎藤工)はもちろん、早乙女太一演じる花田がイカす。
が、その後すぐに銃撃で橘は半退場に。勿体ない……。テンポ重視だろうけど続編に期待(生きてるよね?)。そして日岡が尾谷を止めるシーン。花田はそりゃ収まりつかないよね。予告にあった「全員豚箱~」が尾谷に対してだったとは意外。このあたり、ガミさんならどうするか?と考えながら観ると楽しい。そして1を観た観客にとって大きな疑問だった、一之瀬との間のことについても明言があり、裏社会を掌握していた気になっていた日岡が心までは掴めていなかったことが露呈する。それゆえに日岡の恫喝もむなしく響く。
綿船(吉田鋼太郎)に上林を止めるように進言しに行く日岡だが、軽くあしらわれる。このあたりはモロにガミさんとの貫目の違いが裏目に出ている。綿船自身、日岡を鬱陶しく思っていたのだろう(警察と繋がって調子づく溝口が邪魔だったとのナレーションもあったし)。そして「手に負えなくなった狼は~」の演説。
チンタはSを把握した上林にシャブまで打たれ、心身ともに追い込まれていく。注射されるシーンで割れた窓ガラス越しに映る姿はまるで蜘蛛の巣にかけられた虫のように哀れ。そして追い込まれたチンタの発砲。が、日岡は撃たれて尚もチンタの身を案じる。一方、上林にとどめを刺さなかったこと、捜査の手が伸びていないことを追及され指まで詰めさせられるチンタ。もう見てる方が辛い。チンタは反逆を決意する。日岡はというと、腹に風穴が空きながらもそれを隠れ蓑に動く意地を見せる。瀬島との信頼関係も強まる。そして尾谷襲撃の情報がチンタからもたらされる。「瀬島さんあんた、上林組にSがいるのかい!?」
が、上林組は警察を回避。上林自身は直接日岡を始末しようと襲いかかるが、日岡は何とか逃れる。この辺で完全に瀬島を観客も信じ込む。一方、密告がバレて追い詰められたチンタは発砲しながら逃走するも、上林により殺害されてしまう。目をくり抜くより先に殺害されたのはせめてもの救いか……。そして届く死体。子供たち可哀想すぎる。高坂のヘイト集めムーブ極まる。いくらなんでもそこまで露悪的になることある?激情を抑えきれない日岡。
4. ~決着まで
嵯峨管理官が本性を現し超最悪ムーブをかます。「広島の治安を守ってるのはてめえだけじゃねえんだよ、タコ!」瀬島一瞬立とうとするが睨まれて助けてくれない。
追い詰められた日岡、瀬島に五十子殺害の真相を話す。ここでようやく、もしかして……とは思った。ただ、妻が鍋を味見しながら微笑むシーンも、てっきり「コンビとしていい味が出てきた」とかだと勘違いしてしまった。ナレーションが不穏さを掻き立てる。
再び現れた高坂につかみかかる日岡だが、殺人事件の捜査を真面目にやれよ、との言葉から急展開。そして明らかになる真相。裏返る瀬島、家ごと姿を消す。無理があるだろと思いつつもそれ以上にウワーっとなった。素直に恐ろしい。広島県警クソすぎるだろ。完全に崩壊する日岡、真緒に泣いて抱きつく一連のシーンはカメラがブレブレになっており、日岡の不安定さ・危うさを示唆する。ハイローEOSの山王が割れるシーンと同じだね。
日岡、高坂を利用して全方位に戦争を仕掛ける。したたかさは流石だが、映画的には特にきっかけもなく再起するのが早くない?とは思った。テンポ重視かな。あっという間に記事ぶちあげる安芸新聞も大概だと思うがツッコミは野暮かな。そしてムキになって日岡をとっつかまえる警察。そのくせ拘束中の警戒がザルなのはご愛敬。
上林、極妻をぶっ殺して尾谷へ最終戦争を仕掛ける。直々にトラックでカチコむのは流石だよ。奇襲を食らった尾谷、花田を中心に反撃するもあんまりいいとこなし。日岡に銃を向けたり気散らすから…。撃たれたの肩あたりだけど生きてるのかな。あと組長代行は空気すぎない?なんか裏があるのかとすら思った。
そしてクライマックス、カーチェイス。事務所前の銃撃戦以降、上林の殺してみろよムーブが冴えまくっている。格では勝ち目なさそうだった日岡も必死に食らいつく。停車してるパトカーにぶつけた方が回転炎上して間抜けじゃない?と思ったら抜け出して長物振り回す。まさかの第二形態。第三形態まである。凄すぎる。もう気迫の勝負。ギリギリで役者同士が引き上げ合うかのような狂気の戦い。バイオレンスタイマンの一つの完成形。死神に憑かれていると語り、自分の生き残りを信じて疑わない上林。
そこに嵯峨が究極のクソムーブで割って入る。こいつ最後の最後までクソすぎる。生き残ったことを笑う上林…と思ったら日岡がやりやがった!!!ノンキャリ管理畑で警視まで上り詰めた嵯峨にとって憎き元部下に銃を奪われて捜査対象を殺害されたなんて有り得ない汚点だよね。そう来るか…と納得した。心情的にはまだ足りないけど。何より天晴なのは上林との決着のつけ方。この後も含めて、今作は「死ぬだけじゃ足りない外道にどう引導を渡すか」という大きな問いに対する一つの答えを示してくれたと思う。それは、「死ぬと全く思ってないとき、調子こいてるときに殺す」だ。それが上林にとって、そしてラストで制裁を受けるあの男にとって、何よりも因果な最期だということだろう。
5. ラストシーンまで
日岡が田舎駐在になったのはビックリだけど、パンフで小説版2作目までを繋ぐストーリーだったと聞いて納得。そして瀬島。麻雀のシーンは「鳴かず飛ばずのフリをしていた」みたいなこと???最期については全く上林と同じことが言える。逆に言えば、単に公安の仕事をするに留まらず犠牲者を出したことが彼の罪であったということだろう。妻は結局同じ公安で偽装夫婦、資料も偽装で子供はいなかったって考えた方が辻褄合うよね多分。じゃなきゃ写真を忘れるはずもないし。
ラストは蛇足だという声も多そうだし、尺長いなーとは思ったけど、あれはあれで次に続くためにも必要だと思う。狼を見た。それはあの人の消えない影なのか、自分自身が孤狼の血を受け継ぐということなのか。解釈にはまだまだ時間がかかりそうだ。
同時に、我々も狼を見たのだ。荒々しく、正邪の境目で狂気に手足を絡められながら懸命にもがく狼の姿を。そして、現代の世に真正面からぶつけられた、映画作品という姿形の孤狼を。
俺は確かに今日、狼を見た。