灰色の殴り書き

昔の言葉で言うならチラシの裏です

サボってもいいんだけど【大体まいにち・3】

なんとなくせっかくなんで書きます。

 

こんばんは灰色です。

 

復職関係で最近は平日1日外出してるのがデフォになったため、今日は自分を甘やかしてしばらく布団の中でラヴィット!見たりしてました。

 

つくづく思うのですが、やっぱり笑うのって脳にいいですね。自然に笑顔になって、リラックスしていくのがよく分かります。最近朝早くなったのでずっと見られてなくて、TVerでギリギリ追いつけるかって感じなのですが、朝からラヴィット!見た方が明らかにパフォーマンス上がると思います。あと権利関係で流せない映像とかあるしね。モグライダーともしげ好きです。

 

あとは……LIVE終わりで上機嫌なので、愚痴をわざわざ自分から引き出すことはやめておきましょう。どうせほっといても言いたくなるだろうし。

 

今日は声出しなしLIVEだったんですが、自分は割とこれも好きなんですよね。ステージに煽られて乗るコール&レスポンスとかは大好きだし、TMRなんかはガンガン歌わされるんで圧倒的に声出しの方が熱いんですが、地下アイドルのLIVEは歌に集中するのも好きです。

 

……というか、ステージに呼応した掛け声やコーラス、曲終わりの歓声を上げるのは好きだし演者側のテンションも上がるのかなと思うんですが、アイドル現場特有のコールとかmix?とかがダメなんですよね、俺。想像つく方もいらっしゃるかもしれませんが、だって地面見てステージ見てねえし背中向けたりしてる人いるじゃん。あと音もよく聴こえねえし。

 

極端な話、青春をテーマにしたどっかのグループだったかと思いますが、指揮官みたいなテンションで最前列で背中向けてクソデカい声で音頭取ってる人とかいましたからね。

 

それでも盛り上がって嬉しい!ってアイドルもいるかもしれないし、とりあえず騒ぎたいと動員カウントを増やしてくれるオタクもいると思うので、全否定はしませんが。でもアレルギーな人もいるんじゃねーかなあ、俺だけじゃなく。

 

あと単純に、あれ没個性でつまんなくない?大昔に誰かが開発したやつを流用してるだけな気がするんだけど。せめてオリジナリティがあればまだな……とか思ったりもします。

 

でもまあ、ケチャじゃないですけど、集団で掛け声を出すことってプリミティブな快感と集団への帰属意識を得られる行為なんですよね、恐らく。中毒性あるんだろうなーと思いますし、抗い難い楽しさがあるのだろうということ、それから上述したようなメリットも認めます。

 

その上で、私見を思いっきり露悪的に述べますと、「現場」という共同体の参加者……もっと言えばその場の仕切り屋であることをアイデンティティにしている人が、フロアを盛り上げているという大義名分と内輪ノリによるポジションを得て、ステージの状態を無視して際限なく快感を貪ろうとする行為にも等しいんじゃないかな、と。

 

想像力と客観性を放棄したそんな有り様は、自分の美意識には反しますし、プロのパフォーマンスに対して失礼になってやしないか?という話でした。

 

つっても、モッシュとかダイブサーフとかリフトとかが当たり前のバンドがたくさんあるように、ステージに立つアイドル本人が推奨してる限りは、ドルオタになりきれない俺が批判するようなことではないんですけどね。こないだもデスボ系のアイドルのLIVEでファイトクラブみたいなの見ましたけど、公認ならいいんじゃないですかね。俺は絶対もう行きたくないと思いましたが。

 

あと言いたいことはとりあえず皆さんの想像にお任せします。愚痴ってんな、結局。

 

あ、飲んで帰ろうと思ったのに日高屋もう閉まってら。店探してもいいけど、明日朝早いんでまじめに寝るとします。

 

それじゃまたねー。今日も読んでくれてありがとー。みんなあったかくして寝てねー。

 

 

 

 

 

自由に妄想して楽曲語りしたらすげー楽しかった【大体まいにち・2】

ちーっす灰色です。

 

noteに比べるとマジで使いづらいな、はてブ

 

今日も今日とて衝動のままにスマホを打ちまくっております。こっちもnoteも、思考して文字打つスピードに画面表示が全然ついてこないのがめんどいです。

 

で、今日はFinallyと別でハマってるバンドの曲をひたすら語ったんですよ。7000字くらいかな?

 

それも、メジャーになった最推しと会話する機会がなくなったときのことを妄想して、勝手に悲しんで、勝手に覚悟を決めるという、大層気持ち悪い内容で。

 

テクスト論とか言ってますが、材料に乏しいんでありゃ単なる妄想ですね。妄想。

 

ただ、それがまー楽しい楽しい。

 

音楽用語とか全然知らんけど、限界まで自分なりに聴き込んで分析して、解像度上げて、語彙を尽くして、その上で灰色ワールド全開で妄想を展開するんだから、面白いに決まってます。

 

本人たちにはかなり申し訳ないことをしたというか、当分LIVE行かない方がいいかな……とも思うんですが、それくらい刺激的な楽曲だったんですわ。

 

じゃあ最推しの楽曲でこれができるかっていうと、それはまた難しい面もありまして。

 

まず、あまりにも頻繁にLIVEに行ってチェキ撮ってトークしてる上に、それぞれ頻度とか反応の激しさに差はあるものの、全員+スタッフさんまでが俺のnote読んでまして。まー喜んでくれるんですよね。挙げ句の果てにはメンバーの親御さんにまで褒められる始末。ええ、自慢なんですけれども。

 

で、既にだいぶキモい記事は書いてますが、さすがに一曲単位でやるとヤバいやつかなと。作詞してる人と毎回喋ってるんだもの。

 

あと、名曲揃いでもどちらかといえば彼女たちの精神、スタンスを全面に出した曲が多いんですよね。なので、俺の妄想世界を展開するにはちょっとメッセージの強度が高いし、方向性もはっきりしてるから、語るとしてもその点をより解像度上げてく方がいいかなと。

 

正解を求めるわけではないですが、明確に打ち出されていることを受け取ったよ!と直接伝えてあげられればベターだと思っています。そういうのするオタクが他にほとんどいねえし。本当はあれだけの素晴らしい楽曲群、ガンガンに語りバトルしたいんですけどね。

 

せめて俺以外にあと一人アウトプットマンがいりゃ張り合いもあるんですが、今のポジション脅かされるのも嫌だし(クソわがまま)、とりあえずそこは諦めています。

 

何が言いたいかというと、テクスト論に基づく自由な解釈という錦の御旗の下で妄想展開させんの楽しいわ!!ということです。

 

向こうの負担次第だけど、アニソンで良さげなのとかあったらやりたいな。

 

Twitterでもよく流れてくる、「アゲハ蝶と檸檬は〜〜のイメソン!」みたいなやつをバキバキにキメてやってもいいし。

 

そういうのもしやったらお付き合いくださいね。約束だよ。

 

手ぇかじかんできたんで、今日はここで。

 

またねー、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の宣戦布告【大体まいにち・1】

どうもー灰色です。

 

ほんっと、こっちのブログは気楽でいいですわ。俺なんぞにウォッチャーはおらんだろうし。更新は鍵でしかツイートしてないからね。それでもサーチしてくるやつがいてチクられたらもう俺の負けでいいよ。

 

 

さて本題。

 

なんで面倒くさがりの俺がいきなり気合い入れて毎日応援団なんてやろうと思ったかって話です。

 

まず第一には、惚れたアイドルのしかもほとんどのメンバーに、あと一部のご家族に、めっちゃくちゃ褒められたいからです。

 

下心全開ですよ。

 

そりゃそうでしょう。巡り会えて、LIVEを見られるだけでありがたい、認知してもらえるだけでも奇跡みたいな実力とキャラクターとビジュアルの人たちに、広報隊長とか言われて記事が励みになったとか言われるんですよ。

 

どうして俺みたいなノせられ王が調子に乗らずにいられましょうか。

 

現場じゃ謙虚を貫いてますが、その実はもちろん舞い上がりまくりですよ。

 

何十万積もうが得られない栄光、承認ですよ。

 

 

言葉で誰かの力になりたい。

 

バズりも名声も金もいらないけれど、好きな人のために。

 

自分が伝えることで、好きな人に少しでも元気になってほしい。喜んでほしい。

 

それだけを求めて生きてきた俺にとっては、もはや生きがいそのものです。

 

言葉の無力さも、素晴らしさも、味わい尽くした俺に、唯一残されたものですから。

 

言葉の通じない相手に殺されて。

 

言葉をかけてくれた人たちのおかげで、これを読んで言葉が響いたと言ってくれた人たちおかげで、生き返った。

 

比喩でなく一度は捨てた生命です。

 

この生きがいのために賭けますよ。

 

自己中心的利他、って言うらしいですね。こういうの。

 

 

二つ目は、一回くらい全力出してみたいからです。

 

俺が人生で全力出したことって、それも根っから大好きなことのために出したのって、数えるほどもあったかなーって常々思ってたんですよね。

 

少なくとも、最大の趣味であるはずの書きものでは、継続して全力を出すことってなかったんじゃないかな?クソ長い記事を書くことはあっても。

 

あと、そもそも誰かを全力で推すってことが初めてなんですよね。

 

今までもコンテンツが大好きで大騒ぎすることはありました。ハイローとか。

 

ただ、キャラクター語りは相当やりましたが、結局俳優やアーティスト個人の熱狂的なファンになることはなかったんですよね。その辺は、同じハイロー新規でも女性ファンの多くとは決定的に違うところだなーとも思うんですけど。

 

じゃあ西川兄貴は?って言われると、間違いなく大好きで唯一無二なんですけど、さすがにツアー全通とかはできません。

 

それに、ファン歴20年25年とかの人々がゴロゴロいるわけですよ。

 

そういう層と自分を比べるわけじゃないんですけど、端的に言うと、

 

俺一人が全力で推さなくても、ぶっちゃけTMRTMR、西川兄貴は西川兄貴なんですよね。

 

Finallyメグの特攻(ブッコミ)によって、ニシナナでまさかのレスと感謝を貰うとかいう奇跡は起きましたが。

 

もちろん、ファンの一人一人と向き合う兄貴の姿勢、ここにいる全員がTMRだという言葉に、嘘偽りは一切ないと思います。

 

ただ、あくまでも自分なりの距離感として、という話です。

 

こんな感じの諸々に対して、いっぺん全力出してみてもいいかな、と思ったわけです。

 

っていうか、灰色が全力でアイドル推すの、結構面白くないですか?見てみたくないですか?

 

灰色が50日以上、全力疾走でアイドルの記事を書き続けるの、ヤバそうじゃないですか?怖くないですか?

 

俺は俺に対して、面白そうだな、ヤバそうだな、と感じています。

 

そして、何より、その先の景色が見てみたい。

 

達成感なのか、無力感なのか。

 

成長を実感するのか、何も変わらないのか。

 

そんなことは全く分かりませんが、とりあえずいいタイミングだしやってみっか、と。

 

ちょうど都合良く、復帰予定の新年度前にFinally最大の勝負もあるし、それに合わせて。

 

そんなわけです。

 

 

 

当初、この二つだけが企画を志した理由でした。

 

ただ、つい最近、第三の理由ができました。

 

 

一発で説明しますね。

 

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こういうことです。

 

もちろん物理じゃないですよ。念のため。

 

 

詳しくはとりあえず書きませんが、今ちょっと、LIVE周りが愉快ながらも厄介なことになってまして。

 

まあ、先入観と悪い予想の通りに、どうしようもねえ地下ドルオタってマジでいるんだな……みたいな。

 

そもそも彼女たちの実力に対して、ファンの量も質も全く足りてないんですけどね。

 

まさか広報隊長の椅子がガラ空きだとは思いませんでした。

 

脱線修正。そういうわけで、自分を客観的に見られない、しょうもない奴らがいるんですよ〜。

 

なぁーにぃー!?

 

男は黙って、連載!

 

男は黙って、連載!

 

暇人にしかできないよ〜〜。

 

ということです。古すぎるだろ。

 

要するに、害悪のせいで彼女たちが悩み、無用なストレスを抱え、その栄光の道をわずかでも阻むなら。

 

俺がやります。

 

俺が、彼女たちの正しさを、俺にしかできないやり方で、証明します。

 

怒り、呆れ、憎しみ、そういうものも全部灰色の炉にぶち込んで、変換してやりましょう。

 

熱い女神礼賛の文字列に。

 

他のオタクから浮こうが、異物扱いされようが、マウンティングだと思われようが、誰にもいいねされなかろうが、何も感じませんよ。

 

俺は俺のフィールドなら最強ですし、もともと拾った生命ですし、なんたって俺の居場所は皆さんのところですから。

 

 

そうして、Finallyのメンバーに、自分たちは間違ってないと、伝えたいのです。

 

俺自身のことはともかくとしても、今の道を進んでいけば、絶対にたくさんの、すごくいいファンを獲得できるのだと。

 

そのことを、世に広めようとするやつも出てくるのだと。

 

もう、地下で歯を食いしばりながら我慢しているだけの日々と、決別してもいいのだと。それでも、俺はついていくと。

 

そう、伝えたいのです。

 

そしてあわよくば、俺一人だけでなく、俺の好きな人たちも巻き込んで、みんな彼女たちに惚れてほしいなと。

 

そうして、その頑張りを評価してあげてほしいなと思っています。

 

そうすることで、彼女たちの行く先には、もっともっとたくさんのファンが待ってると、そう伝えたいのです。

 

あー、まどろっこしい言い方やめましょ。ここでは。

 

年季とかけた金額を盾に、お客様ヅラしてはワシらが育てたなんて勘違いしてる奴らを切り捨てたとしても、Finallyは大丈夫だって。

 

俺と、灰色一家が、金や頻度は減っちまうかもしれないけど、支えるって。広めていくって。

 

話をする機会が一切なくなって、チケットがご用意されなくなるくらい、手紙もプレゼントボックスの中に埋まっちゃうくらい、Finallyが売れるまで。

 

 

そういうことで、宣戦布告をここに記します。

 

皆様、どうぞ俺の戦争にお付き合いください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大体まいにち書きたいこと、はじめます

どうも皆様ご無沙汰しております。灰色です。

 

本垢をフォローいただいている方はご存知かもしれませんが、愛するアイドルのワンマンライブに向けて、毎日noteを更新する企画をスタートしました。

 

熱とクオリティを保った文章を、力の限りアップしていきたいと思います。

 

 

じゃあ、この、記事は何かって?

 

いや、1日目から何なんですけどね。

 

多分ふつーにやると力尽きるんすよ、俺。

 

だって、気合い入れて書くの苦手だもん。

 

あと、この世で1番嫌いな言葉の一つが、「継続は力なり」です。

 

だから、普通にやったらダメだな、と。

 

とりあえず、こっそり記事をストックしたりはしてるんですけどね。ただ、モチベーションというよりも、息抜きが必要なんですよ。多分。

 

というわけで、またここを利用させてもらうことにしました。

 

大体まいにち。だから、誰にも何にも一切責任は負いません。

 

情熱的にアイドルを推す裏で、俺はそんなろくな人間じゃないよ、って本音を書いてみたり。

 

カッコつけた言葉を使いたいけど使い道がないとき、書き留める用に使ったり。

 

やり場のない感情をとりあえず排出したり。

 

そんなことに使おうかなーと思ってます。

 

このブログを未だに読んでる人なんて物好きな灰色フォロワー精鋭中の精鋭だろうから、気楽ーーーーーーーにやらせてもらいます。

 

なんてったって、武道館を目指すアイドルたちやその親御さんなんかには、俺の本性はとてもとても見せられないですからね。

 

みんなほど仲良くない、新たに増えたフォロワーにも、読まれたくはないし。

 

というわけで、適当にお付き合いくださいませ。

 

 

 

愛させてくれて、ありがとう(年末自分語りシリーズ③)

こんにちは、大晦日の灰色です。こちらが2022年最後の記事にして、自分語りシリーズのとりあえずラストとなります。

 

前回②までは、自分が怖かった呪いと、それを解けるようになった話について書きました。

 

 

今の俺は、人と違うことも、大して違わないことも、ちっとも怖くありません。

 

本当に恐ろしいことは、別にありました。

 

思えば人生のたくさんの場面で遭遇してきたことでしたが、その正体が今年ようやく、断定できました。

 

それは、誰かを愛するのを、正確には愛していると伝えることを、許されなくなることです。

 

突然、大好きなひとから理不尽に引き離されて、どれだけ気持ちを伝えたくても、大切だと思っていると言いたくても、それが叶わなくなることです。

 

答えが欲しいなんて言いません。

 

明確に拒絶されたのなら、その瞬間がどれほど辛くても、他に愛するひとを見つけて、いつかは傷が癒えるかもしれません。

 

けれど、ある日突然、言葉が伝えられなくなってしまったら。

 

そのひとに届けたかった愛は、やり場のないまま、いつまでも心の中で、後悔や罪悪感と混ざった澱になって、ヘドロのように堆積していって、永遠に心を蝕みます。

 

名無しの足長おじさんになるには、自分はまだまだ未熟です。だからせめて、相互のコミュニケーションの中で、好意を、愛を、伝えたいと願うのです。

 

たとえ、それがどのくらい伝わっているか確認できなくても。

 

相手がまだそれを理解できないくらい幼くて、一方通行の自己満足だとしても。

 

俺という存在がそのとき愛を伝えていたことを、彼が覚えていられなくても。

 

 

直接の言及を避けてきましたが、皆さんには何のことを言っているか、もうお分かりだと思います。

 

この世にたった一人の、最愛の我が子のことです。

 

父にわがままを言ってみたり、遊びをねだってみたり、少しずつでも毎日、二人なりの対話が深まっていた、これからが楽しみで仕方なかった、そんな時期でした。

 

コロナに感染して発熱して、荒っぽく接してしまった3月の朝を最後に、彼とは会っていません。

 

 

妻への愛情は、うつの地獄に突き落とされたあの日から、とうに枯れ果てて欠片も残っていません。わずかな心残りもありません。

 

けれど、あの子にだけは、もっともっと俺の言葉を、自分なりの愛情を、注いであげたかったと、最後に会ってからもう9ヶ月以上経った今も、考えない日はありません。

 

俺は、自分の生命を選びました。

 

抜き差しならない状況で、それ以外には選択肢などなかったと、今も信じています。

 

それでも、きっとこの先もずっと、絵本コーナーには近づけないだろうし、ベビーカーの子供連れは正視できないでしょう。

 

俺は、我が子に愛を伝えることを、失いました。

 

恋愛とか人類愛ではなく、常に特定の誰かを愛していないと生きていられない俺にとって、息子はこの世でたった一人の、全力で愛情を注がせてくれる存在でした。

 

内臓の半分、魂の半分を削り取られて、今もそれは変わっていません。

 

そのことに、ずっと苦しんできた一年でした。

 

自分は幸運な方だと、常に信じて言い聞かせてきた俺が、初めて本当の地獄、這い上がることもできないようなどん底から足元が抜けたさらに下を味わいました。

 

自ら命を絶つことは前提として、身辺整理の手間とか連絡の手段とかタイミングとか、そんな些細なことを考える、奇妙な時間を過ごしました。

 

 

それでも、今俺はこうして生きて、文字を打ち込めています。

 

人間死ぬ気になれば何でもできるとか、死にたいと思っているうちは死なないとか、生きていればいいことはあるとか、時間が解決してくれるとか、遺された人の気持ちを考えてとか、そんな月並みな言葉は、踏みとどまるのに一切役には立ちませんでした。

 

俺と同じ境遇の人、似た苦しみを味わっていて共感してくれる人なんて、一人も見つかりませんでした。

 

ただ、見るに堪えないような、流れてくるだけで気分が悪くなるような俺の悲鳴の文字列を見て、それでも目を背けずに何か伝えようと、精一杯傷つけないように言葉を選んで、声をかけてくれた人たちがいました。

 

フォロワーも、大学の友人や先輩後輩も、年齢性別を問わず、祈りにも似た気持ちをくれた人たちが、俺の周りにいました。

 

そんな人たちのおかげで、そこまで急いで死ぬこともないかな、と少しずつ思えました。

 

それに、話をしてみたら、何もかけられる言葉がなかったけど心配でした、とか、またお話しできてよかったです、とか、そんな風に言ってくれる人もいました。

 

そんな人たちのことを、俺を見捨てずにいてくれた人たちを、愛することができるようになって、そうして俺は、抉られた心臓でもなんとか息をできるようになりました。

 

もともと恩義を感じやすい性格ではあるものの、本当に文字通りの命の恩人ができたのは、今年が初めてだったかもしれません。少なくとも、去年以上の絶望の中から引き上げてもらったことは、絶対に忘れません。

 

 

お会いしたことがなくても、長い間お話をできていなくても、画面の向こうにいるフォロワーのあなたを、灰色は愛しています。

 

喪失したものの代わりのように考えてしまうことは、心から申し訳なく思っています。

 

大げさで重たい言葉ばかりで、付き合いきれないような負担を感じさせてしまうであろうことも、想像がつきます。

 

それに、本当の意味での無償の愛を贈ることなんて、俺にはどうしても無理です。

 

欲しいものはただ一つ、言葉にして想いを伝えさせてくれること。その相手からは何の言葉も返ってこなくても、ただ俺の想いを伝えるのを許してくれること。

 

それが俺にとっての最大の見返りで、どうしてもそれを求めてしまうから、俺は無償の愛なんて高潔なものには程遠いのだろうと思います。

 

 

けれど、それでも、どうか今年のうちに、この言葉だけは伝えさせてください。

 

 

どこかのあなたへ。

 

愛させてくれて、ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

「掛け算理論」が俺を生かしてくれた(年末自分語りシリーズ②)

①の続きです。

 

 

怖かったのは、人と違うことじゃない。

 

「自分は多数派にはなれない」ということを、ランドセルしょってる頃から理解していた自分にとって、そんなことは言われるまでもなかった。

 

その代わりに、自分は「大して変わり者でもない」と思い知らされることが、何より怖かった。

 

自分は皆のできることができなくても、見た目が良くなくても、人付き合いが下手でも、せめて「個性的な人間」なのだと思いたかった。

 

平均に絶対になれないなら、極端なのも面白いじゃないか。そう信じたかった。

 

けれど、世の中には、同世代には、自分なんか想像もつかないほど、ユニークな人間が数えきれないほどいる。

 

同い年でも、途方もなくすごい人生を送ってきた人が、先駆者が、発信者が、エンターテイナーが、たくさんいる。

 

そんな綺羅星と比べたら、自分は路傍の石、ただ歪み方がひどいだけの石に過ぎないことは、分かっていた。

 

花を咲かせないどころか、踏まれたら潰れて終わる、生命力に乏しいだけの雑草だと、本当は理解していた。

 

だから、「お前は全然個性的じゃないし、面白くもない。ただ人より劣っているだけだ」と、自分が自分へ常に言い聞かせてきた。

 

何様のつもりだ。調子に乗るな。

 

お前は思い上がっているだけで、実際には人並みの幸せには手が届かない上に、唯一無二の存在にもなれない。

 

凡人より下の層にいるだけの、大勢の一人に過ぎない。

 

そんな、冷たい目で俯瞰している自分が突きつけてくる真実が、ずっと心身をがんじがらめにしていた。

 

 

けれどある日、どこかの誰かがブログで、こんなことを書いていた。たしかサッカー選手だったと思う。

 

サッカーをやっている人間は、日本に何十万人といる。

 

だけど、同時にブログを書いてもいる人間となると、その数はグッと減る、と。

 

たとえばあなたに、1000人に1人と言える個性や特技がないとする。

 

せいぜい、10人に1人くらいの割合かもしれない。クラスでも3〜4人はいる計算だ。

 

けれど、そのくらいの個性を、いくつも持っていたら?

 

10人に1人の個性が4つ。

 

簡単に計算して、10×10×10×10=10000。

 

これでもう、あなたは1万人に1人の個性的な人だ。

 

そんなようなことが、書いてあった。

 

10人に1人くらいの個性、特技を4つ思い浮かべるのが面倒なので、一般的な具体例を挙げることができないのだが、試しに自分の中からいくつか、1/10くらいな気がするものを抜き出してみよう。自慢話に聞こえるものは無視してほしい。

 

 

1. 5時間以上一人カラオケをしたことがある。

 

2. 1万字以上のブログやnoteを5回以上書いたことがある。

 

3. 一日7時間以上読書に没頭できる。

 

4. 同じ映画を劇場で5回以上見たことがある。

 

5. インターネット上だけで、心を許せる友人が10人以上いる。

 

6. 年によっては積雪で窓が開けられなくなるほどの豪雪地帯に新卒で配属され、1年間生活したことがある。

 

7. 夜行バスに12時間乗ったことがある。

 

8. スキーやスノーボードが全くできない。

 

9. 古い日本企業の営業を7年やっていて、ゴルフを一度もしたことがないだけでなく、誘いも全て断り続けている。

 

10. たまに格闘技を見る以外、スポーツ観戦はオリンピックやW杯も含めて一切しない。

 

11. 足のサイズが大きすぎて、靴屋に履けるスニーカーが一つもない。

 

12. 飲酒による寝過ごしで、3回以上野宿をしたことがある。

 

 

とりあえず、キリがないので12個挙げてみた。

 

なぜ12個かというと、10の12乗がピッタリ1兆になるらしいからだ。

 

ということは、この時点で俺は1兆人に1人しかいない人間ということになる。

 

1/1兆の個性。これはなかなか結構な響きだ。満足満足。

 

 

もちろん、ここまで読んでくる途中で、皆様は既にお気付きになられたはずだ。

 

特技なんて呼べないネガティブな要素が多すぎるだろ。

 

そんなことでいいなら、誰でも何とでも言えるわ、と。

 

全くもってその通りだ。

 

ネガティブな要素でもいいではないか?

 

それだって立派な個性だ。他人と同じ土俵での自慢はできないけれど、隣の誰かとあなたを分ける、立派な証明だ。

 

誰でも何とでも言えて、それでいいではないか。

 

あなたのこれまで経験してきたことも、経験してこなかったことも、評価されたことも、評価されなかったことも、全てが等しく、あなたを「その他大勢の中の1人」から切り離す。

 

俺ほどメチャクチャな例を探す必要はない。それが5人に1人くらいの何かでも、10個集まれば、それだけであなたは1000万分の1人だ。

 

 

俺には何かを創作することも、大金を稼ぐことも、他人を感動させることも、魅了することも、勇気を持って一歩踏み出すことも、ギリギリのところで根性を出して踏みとどまることも、できはしない。

 

それでも、自分の中にある、いいことも悪いことも、カッコいいこともダサいことも、とりあえず変なことをありったけ並べたら、俺は今後1000年くらいは現れることのない、地球上でたった1人の人間だと、断言できる。

 

この「掛け算理論」は、誰かと優劣をつけるためには使えない。仲間内でマウントを取るのにも、Twitterでバズるのにも、オンラインサロンで信者を集めるのにも、使えない。

 

世間からのあなたの評価には、おそらく全く寄与しない。

 

あなたの能力を向上させる手助けにさえならない。

 

けれど、もしあなたが、「普通じゃない」と「大したことはできない」の板挟みに苦しんでいたら。

 

「自分なんて凡人に過ぎない」と思って、自信を持てずにいたら。

 

できないことに悩まされて、身近な誰かや、架空の他人と比べて落ち込むことがあったら。

 

そんなときには、掛け算理論をオススメしたい。

 

たとえ金にならなくても、自慢にならなくても、人には言えないような傷や恥でも、あなたを構成する全ての要素を掛け算したら、あなたの代わりになる人間は、宇宙のどこにも存在しないのだ。

 

 

俺は、これに救われた。

 

普通になれないなら、せめて変な人間だと胸を張りたい。

 

願わくば、自分の狭い人間関係の中であっても、「灰色は知り合いの中で一番の変わり者だ」と言われたい。

 

それが褒め言葉でなくてもいい。

 

ただ、どうやっても普通になれなくて、大人しくできなくて、真面目にやれない自分にとっては、「人と違う」ことだけが、拠り所だから。

 

あなただけの強みを探そう、なんて、俺以外のやつが腐るほどバラまいている言葉を使う気は一切ない。

 

ただ、一つだけ断言できることは。

 

それがどんな材料でもいいから、何回か掛け算を繰り返したら、あなたは他の全ての生命体から差別化され、唯一無二の独自性を持った、あなたという個を保証できるということだ。

 

こんなことが、俺以外の誰かの役に立つかどうかは分からない。

 

けれど掛け算理論は、呪いを解く手助けをしてくれた。

 

俺よりトークが面白いやつ。金を稼げるやつ。文章が上手いやつ。歌が上手いやつ。カリスマがあるやつ。

 

誰かの決めた基準を使えば、世の中には、自分より優れた人間が星の数ほどいることになる。

 

けれど、別に俺は星じゃなくていいし、花を咲かせなくていいし、地上に出てこなくてもいい。

 

ただ、灰色という、複製も代替もできない一人であることに、胸を張れればそれでいい。

 

俺は、本当はこれくらい特別な人間なんだと、自分で自分を認めてやれればいい。

 

さぁ、俺は、どんな人間だ?

 

 

20年間一人カラオケをしてきたし、連続で8時間歌ったこともある。

 

英会話に一秒も一円もかけなくても、同時通訳をしたり、海外同業のエリート野郎と交渉したり、酒を朝まで飲み交わすことができる。

 

22年以上インターネットの片隅を這いずり回りながら、友人を増やして減らしてを繰り返してきた。

 

HiGH&LOWにハマって、ツイートを繰り返しているうちに、フォロワーが2000人増えた。

 

ハイローFMの男限定上映で、リアル琥珀さんと龍也さんに会うことができた。

 

偏差値50代の高校から、塾や予備校に全く通うことなく、某私大の某学部に現役で合格した。

 

グラップラー刃牙の最大トーナメント入場選手紹介を暗唱できる。

 

「ダルタニャン物語」全巻を2ヶ月弱で読破した。

 

ヒプノシスマイクのオールスター曲を一人で全パート歌える。

 

メギド72のアクスタ祭壇を自宅に築いている。

 

ウルトラマン超闘士激伝の完結を約30年越しに見届け、1万字超えのnoteを書いた。

 

メダロットのゲームとカードの大会に出たが、すぐに負けた。

 

掲示板のラジオで、同時接続4000人にトークを聞かれた。

 

スーパーマリオを全くプレイしたことがない。

 

テントを持って夜行バスに乗り、剱岳に一人で登ったことがある。

 

3歳のときに人生で初めてプレイしたゲームが、父のMacintoshに入っていた世界で2番目に古いFPS「マラソン」

 

メギド72をリリース半年からずっとプレイしている。

 

スパロボだけで知ったロボットソングを50曲以上歌える。

 

ボーボボの単発ギャグキャラの名前を20以上言える。

 

モンスターハンターGの「四本の角」をソロでクリアした。

 

モンハンP2Gの闘技場のディアブロス戦で、ハンマーで1分20秒を切った。(おそらく世界記録)

 

小1の頃から、脳内で勝手に漫画やゲームと曲を合わせたMADを作り続けている。

 

サンプラザ中野くんの声マネでカラオケができる。

 

合宿の班長をやりつつ、35kgのザックを背負って、日本三大急登の一つと言われるルートを登った末、下山までに総量19kgの食料飲料を消費した。

 

さいたま新都心のけやき広場ビール祭りに、オープンからラストまで居座って飲み続けたことが複数回ある。

 

クラッシュバンディクー3を105%完全クリアした。

 

バルジ大喜利やDTC異世界転生のようなハイローのバカネタを公式制作陣に把握されている。

 

Slay the Spireを200時間遊んでアセンション20をクリアし、全プレイヤーの上位0.1%に入った。

 

SOUL’d OUTの曲の大半を噛まずに歌える。

 

日本語しか話せない部長が機能停止している間、海外の同業最大手の社長と英語で話して、必死に対等に振る舞おうとした結果、新規の輸出仕事を増やせた。

 

社員1万人以上の会社で初めて育休を取得し、産後2ヶ月の間は1秒も仕事をしなかった。

 

夜頻繁に起きる子供の隣で眠って、交代で少しでも妻を休ませるようにした。

 

テレワーク化も相まって、妊娠3ヶ月頃から1歳半まで、2年以上の間一日も子供から離れなかった。

 

復職後は17時まで仕事、20時まで家事育児、24時前まで仕事、というスケジュールを自宅で過ごしていた。

 

妻の精神的DVによってうつ発症・休職後も、1年近くは一日も休まずに同居で家事育児を続けていた。

 

妻による精神攻撃の理由の大半は育児とは関係なく、結婚前から数年間募らせていた恨みで、一生忘れないと言われた。

 

コロナ発症で40度の熱を出したのと同日にLINEで妻から事実上の絶縁宣言を受け、最愛の子供にはそれ以来一日も会っていない。

 

ベビーカーを見かけたり、アンパンマンのOPを聞くだけでフラッシュバックが起こり、寝込む時期が続いた。

 

弁護士を雇って離婚協議中だが、財産分与によって俺は口座残高の大半を奪われることが確定しているにも関わらず、相手はなおも自分から金をゆすろうとしている。

 

それと弁護士費用を合わせると、新卒から貯めてきた貯金のほとんどが消えてなくなることが決まっている。

 

自殺を考えるほど追い詰められたところから、フォロワーの言葉に救われて、生き延びることができた。

 

TMRのLIVEのために初めて遠征して滋賀県に行き、感動で生きる気力が少しずつ戻ってきた。

 

家庭の事情を何も知らせないまま、半年前まで元気だった祖父が急逝した。俺の誕生日の一週間前だった。

 

なんとかその日までは生きようと決めていたイナズマロックフェスで、アイドルに一目惚れした。

 

そのアイドルが、多忙を極める中でもnoteを読んだ感想をくれる。

 

雲の上の存在の西川兄貴に、わざわざ俺のことを紹介してくれた。

 

彼女たちFinallyのおかげで、毎日が楽しくなった。

 

ハイローがつなげてくれたフォロワーが、地獄に落ちたときに手を差しのべてくれて、一緒に酒を飲んだり歌を歌ってくれて、後輩がドライブに連れ出して気持ちを回復させてくれて、勇気を出して参戦したLIVEで西川兄貴の歌声に救われて、Finallyに惚れ込んで、今ようやく、それをブログに書けた。

 

 

誰も経験したことがないようなことならまだまだあるけど、キリがないからこの辺にしておこう。

 

さて、俺は何人に一人の人間だ?

 

 

他人に胸を張れるような人生じゃない。

 

人並みの幸せは二度と手に入らないだろう。

 

消えない苦しみや罪悪感と、一生付き合っていくことは間違いない。

 

ワガママを言いながらも実力で勝ち取った社内での最速・最高の評価も、2年の休職で2周以上の周回遅れになり、取り戻せそうにない。

 

Finallyは大好きだけど、現場のファンの中にはどうにも馴染めない。

 

HiGH&LOWシリーズは大好きだけど、ザワクロスは好みに合わず、盛り上がれなかった。

 

思い通りに行くことなんてない。

 

ドン底からは上がるだけだと人は言うけれど、その底が突然抜けて奈落に落ちることも、落ちた衝撃で骨折することも知った。

 

地獄は嫌というほど味わった。

 

けれど、時に天国を感じる程度には、浮上してきた。

 

 

今なら、俺は胸を張って言える。

 

俺は灰色だ。

 

誰も聞いていなくても自分が考えた言葉を叫び続ける、宇宙にたったひとりの人間だ。

 

何を喪っても、何を持っていなくても、俺はここにいる。

 

 

俺は灰色。

 

死ぬまで黙らない男だ。

 

 

 

 

「そんなに変じゃない」が怖かった(年末自分語りシリーズ①)

久々にこちらのブログの更新です。

 

まず、はじめに。アイドル・Finallyにハマって以降、主アカウントの方は自主的広報活動…….というとさすがに思い上がりですが、休職開始と同時にかけた鍵時代からは方針を180度転換しました。

 

わずかでも共通点があるフォロワーを極力多く獲得すること、そうして最終的には彼女たちのファンを一人でも増やすことを目標と定めて、Twitterに加えてnoteでも活動しております。

 

これはハッキリ言ってしまえば、俺がどんなことになっても寄り添ってくれる、見捨てない人たちに甘えていた鍵垢の頃と比べると、たとえ考え方が違ったり、それほど相手からの好意が感じられなくても、大目標のための手段と割り切ったアカウント活動へ移行したことを意味します。

 

ゆえに、こちらのブログは基本的に鍵垢での公開(アップ報告)にしようと思います。灰色にずっとついてきてくれている、俺なんかには勿体ない宝物のようなフォロワーだけに向けた、素の言葉を書く場所にしようと思います。

 

そのため、これまで以上に歯に衣着せない物言い、あるいは自分語りや自慢話が増えると思われますが、そんな注釈も皆さまには今更かと思われますので、どうかまたご容赦ください。

 

さて、ようやく本題です。

 

 

ちょうど俺が思春期に入った頃だろうか?

 

巷では徐々に、「人と違うことは悪いことじゃない」「ひとりひとりの個性を伸ばす」といった言説が流行り出していた。

 

その最たる例の一つが、SMAP世界に一つだけの花」だった……とここでは仮定しよう。

 

ナンバーワンにならなくてもいい、もともと特別なオンリーワン。

 

人と同じじゃなくていい、あなたらしさを大事に。

 

そんな言葉に、当時の自分はとても救われた……わけではなかった。

 

自分が人と違うこと、どう頑張っても多数派と同じになれないことなんて、その頃にはとっくに分かっていたから。

 

 

具体的にいつからだったかは分からない。

 

自分の家には自動車がなく、ドライブというものをしたことがないと知ったとき。

 

初めてのゲームボーイと一緒にソフトを買ってもらえるのに、ポケモンではなくメダロットを選んだとき。

 

こち亀を貪るように読んでいたせいで、日々触れる漢字を読めないことがほとんどないのに気付いたとき。

 

自分には運動神経やスタミナというものが皆無なのを知り、体育の授業がひたすら苦痛になってきたとき。

 

国語の授業で、教室の子たちの多くが流暢に教科書を音読できないのを不思議に思ったとき。

 

周囲でスマブラが大流行する中で、ニンテンドー64を欲しがることもなく、延々とモンスターファームスパロボを一人でやりこんでいたとき。

 

10歳でネット掲示板にハマりはじめ、さすがに何かを書き込む勇気なんてなかった(数年ROMってた)ものの、素晴らしい二次創作小説や企画を投稿して自分の想像力を広げてくれるどこかの誰かが、途方もなく格好いいと感じたとき。

 

この頃にはすっかり、自分と同じ趣味嗜好を持つ子供なんて周囲には一人もいない状況に、完全に慣れていた。

 

 

中学から先は、ネットの世界以外に一人も本音を話せる相手がいないことが、自分にとっての「普通」だった。

 

 

ヒトカラなんて言葉がなかった頃から、中学のブレザー姿のまま一人でカラオケに通いつめてはQueen爆風スランプを歌っていたとき。

 

学習塾というものがどうしても嫌で嫌で、夏期講習だけでもストレスが溜まって仕方なかったとき。

 

PS2時代のMHG(モンハンという略称もまだない頃)でオンラインゲームの世界にのめりこみ、1700時間超プレイした末に私立高校の受験に落ちたとき。

 

周囲がクラスの女子のランク付けをして盛り上がる中、掲示板で知り合ったひとつ上の女子校生とメールをしているとすぐ近くに住んでいることが分かり、舞い上がっていたとき。

 

高一で父親が腎癌になって、大学進学を諦めたとき。

 

そこから彼が全身転移直前で奇跡的に助かったのを機に、真面目に受験に取り組む気になったとき。

 

当時まだ大嫌いだった、元予備校講師の母親に頭を下げて英語を教わったら、偏差値50から2ヶ月でセンター160点を取れたとき。

 

ハルヒらきすたが一世を風靡する中で、一昔前のロボットや特撮ソングばかりを歌っていたとき。

 

大学のゼミで、ゼミ長でもないのに自分だけが他の学生の発表全てにコメントをしていたとき。

 

サークルで自分の同期の仲だけが異様に殺伐としており、最終的に3人で全てを仕切ることになって、それでも何人かの後輩が俺を慕ってくれるようになってきたとき。

 

就職一年目で、電車も通っていない山奥の僻地に一人飛ばされ、自分のデスク以外真っ暗な工場の事務所で毎日日付が変わるまで無賃残業していたとき。

 

それでも車の運転がどうしても上達せず、休日はずっと引きこもって3DSと過ごしていたとき。

 

一年目の自分が経理を担当する工場が製品化までこぎつけ、少しだけ仕事が楽しくなってきたところで、3ヶ月後に事業の完全撤退が決まり、敗戦処理と整理のためだけに残業していたとき。

 

本部長らの前で調査報告のプレゼンをした後、一秒も準備していなかったのに「緊張せず自分の言葉で喋れてすごいよ、相当練習したんだね」と言われたとき。

 

世界各国から同業他社が集まる合同研修で、「お前は日本人じゃねーな!」「そのユーモアはどこでも通用するよ」と言ってもらい、解散のあとも4カ国から集まったバカな男4人でヘルシンキで人気ランキング上の店から順にハシゴ酒をし、最後は一番大きなダンスクラブで朝まで踊っていたとき。

 

 

自分はどうやっても普通にはなれないことは、とっくの昔に知っていた。

 

一方で、どうやら自分には代わりにそこそこユニークな能力があって、人の役に立ったり楽しませられる場合もあるらしいことが、だんだんと分かってきた。

 

だから、「変わり者」であることは、俺にとっては決して悪口やコンプレックスではなく、何よりの救いだった。

 

「変なやつ」であることが、俺という人間の、最大の拠り所だった。

 

 

だけど、だからこそずっと、解けない呪いのように、心に付きまとっている言葉がある。実際には誰に言われたわけでもない、自分が自分に言い聞かせている言葉が。

 

「お前はそんなに特別じゃないし、自分が思うほど変なやつじゃない」

 

「お前程度の『変わったやつ』は、世の中に腐るほどいる」

 

そう思われることが、何よりも怖かった。

 

はじめはきっと、両親に「人より少しくらい成績が良くても自慢しないように」「謙虚に、あまり調子に乗って目立とうとしないこと」と言われただけだったのだろう。

 

「十で神童、十五で才子、二十歳過ぎれば只の人」という言葉がある。

 

実際の俺は、十五の時点で成績も中の中からわずか上くらい、運動はからっきし、恋をするどころか友人も上手く作れず、精神ばかりがアンバランスに大人ぶっている、才子には程遠いただのクソガキだった。

 

それに加えて、「流行に流されてばかりの、その他大勢」に対してだけでなく、「自分は周りと違うと斜に構えているだけで、実際には世の中に溢れているオタク」もまた、いつからか世間の冷笑のターゲットになっていた。

 

世間の流行りものを好きにはなれない。同調圧力を黙ってやり過ごすこともできない。

 

けれど、オタクのムーブメントにも乗れない。

 

何年経っても、どこに移っても、その集団に、世代に、共通の属性に、アイデンティティを感じて安息や連帯感を得ることができない。

 

地元。学校。大学。会社。同期。

 

どこにも帰属意識を持てない。同類・同朋という感覚を持つことができない。

 

 

俺は、決して普通にはなれない。

 

けれど、俺より面白いやつ、個性的なやつが、世の中にはたくさんいる。

 

普通じゃないけど、自慢するほど変わってるわけでもない。

 

そんな半端者が自分の正体だという現実を認めることが、何よりも恐ろしかった。

 

外見にも、資産にも、他のどんな人間的魅力にも乏しい俺が、「変わり者」という拠り所を失えば、そこにはただ無価値なだれかが残るだけだから。

 

それは、灰色という個が消えて、何者でもなくなってしまうということだから。

 

 

他人と違うことを気にするな、なんて次元の話は、四半世紀くらい前にもう通過していた。

 

代わりに、俺を苦しめ続けている呪いの言葉、「お前はそんなに変じゃない」。

 

それに苦しみ続けている俺が、何とかすがっている、現時点で唯一の対症療法。

 

そちらについては、シリーズの次の記事で書こうと思う。

 

ということで、今回はここまで。