灰色の殴り書き

昔の言葉で言うならチラシの裏です

1000人の熱狂と金テープの中で

月曜日、とあるアイドルの2周年ワンマンライブに行った。

 

一度も見たことはなかったのだが、Finally仲間のおっちゃん(※俺もおっさんだけど、さらに歳上の意ね)がヒマならどうだとチケットをくれたのだ。

 

好みは刺さればよし、そうでなくとも後学のためにというくらいの軽い気持ちで足を運んだ。

 

1300人キャパの会場でのアイドルのワンマンライブは初めてだったことも楽しみな要因だった。

 

 

ものすごくやるせない気持ちになった。

 

終いには特典会はおろか、本編フィナーレの挨拶を聞くこともなく出てしまった。

 

 

そのグループのジャンル自体が俺の好みから外れていたというのも、確かに大きい。

 

2時間で好みのテイストの曲は2〜3曲あったかどうかだった。それもトラックのインパクトがあったというだけだ。

 

つくづく俺は何もかもがこの世界に向いてないらしい、と感じた。

 

 

トラックがいい曲はあった。

 

けれどそれは音源の力であり、自分の知っている何人かのスーパーボーカリストパフォーマーに比べたら、歌とダンスにさほど見るべきものはない、と思ってしまった。

 

大スクリーン、スモーク、ライトの演出。素晴らしくきれいで迫力があった。

 

だが、それは会場が大きいからだ。

 

一定以上のレベルでさえあれば、誰を立たせようが再現はできる演出だ。

 

そうして、だが、だが、と勝手に減点法を始めてしまった。

 

観客として最悪の態度だ。

 

最低限ノっているようにしないと場に失礼だと思い、手振りやサビの軽い振りコピをしてみたりもしたが、妙に突っ張っていたせいでマッサージを受けたばかりの足腰はすぐに痛みだした。

 

 

百害あって一利なしと分かっている愚行に終始したのも、全ては一つの想いからだった。

 

俺の推しの方が、遥かにすごい。

 

彼女たちなら、もっとずっとすごいパフォーマンスを見せられる。

 

歌も。ダンスも。世界観も。メッセージも。その先に描く夢も。

 

 

名前だけは知っているくらい有名なグループだし、どれほど凄いのかと期待しすぎていたところはある。

 

唯一の最推しだからと、彼女たちのことを贔屓に評価しすぎだとも思う。

 

けれどそれでも、楽曲の刺さらなかった自分には、パフォーマンスのレベルもまた印象づけられるものではなかった。

 

 

結局、資本なのか。

 

開始早々、底知れないほどの虚しさに襲われた。

 

一瞬調べただけで、そのマーケティング戦略の「正解」ぶりが理解できたからだ。

 

開幕でとにかく金をぶちこみ、スタートダッシュから話題性を作る。有名な楽曲プロデューサーと振付師で完璧な布陣を組み、普通のグループなら何年もかかってたどり着くような大箱からスタートし、大イベントに出場し、生バンドをつける。

 

軌道に乗れば、そこから先はスノーボール。Winner wins moreの世界だ。これは今思いついた造語だが。

 

もちろん、そんなに簡単な世界でないということは分かっているし、同じようにやっても失敗、瓦解したグループだって山のようにあるのは容易に想像できる。

 

それでも俺は、1stワンマンで新宿BLAZEに、2周年でO-EASTに立つことの大前提は巨大な資本なのだなと、すぐに悟ってしまった。

 

 

後ろ盾がデカければ、極端な話プロモーションを際限なく打てばいいし、さらにチケットを100円で売りさばけば、動員なんて容易に確保できる。そうしてzeppを埋めようとしているアイドルを、この間実際に見た。

 

赤字覚悟で早々に大舞台に立たせて経験を積ませるというのは、育成と話題作り両方の観点から一つの選択肢になるだろう。煌びやかなライト、美しく映える大スクリーン、良好な音響、広々と自由に使える大ステージが揃えば、大抵のアイドルは輝いて見える。

 

分かってはいた。

 

分かっていても、やるせなかった。

 

 

感動的なMCがあった。

 

1300人の会場をSOLDにしたかったけど、できなくてごめんなさい、悔しいです、とメンバーが泣いていた。

 

後ろの方から見渡す限りでは満員に見えたが、やはりキャパにはまだ余裕があったようだ。

 

 

その一瞬で頭に血が上った。

 

背を向けて一人で出て行こうかと思った。

 

 

彼女に罪はない。

 

プレッシャーも計り知れないだろうし、本心からの悔しさだったのだろう。

 

そのプロ意識は尊敬する。だからこそ、感動に会場の1000人以上が包まれたのだろう。

 

 

それでも、ただ悔しかった。

 

3/26のキャパは800人。

 

まだまだSOLDの気配はない。

 

俺は300人くらい入って、ステージからパッと見てたくさん客が入ってる感があれば成功だと思っていたが、そうして内心で保険をかけていたが、彼女たちは具体的な数字を出して昼夜SOLDさせたいと言った。

 

考えてみれば、当たり前のことだ。

 

彼女たちに社長はいない。

 

プロデューサーはいない。

 

マネージャーはいない。

 

チケットの売れ行きは一人単位でダイレクトに伝わってくる。

 

何よりも、費用のことがある。

 

会場の使用料は元より、ここまでに打ってきた広告をはじめとする戦略、朝5時まで続けていたレッスンやボイトレ、豪華すぎるバンドメンバーへのギャラ。

 

想像がつくだけでも、とてつもない金額がかかっていることは間違いない。

 

それを代わりに負担してくれる存在が、彼女たちにはいない。

 

全てはメンバーに降りかかってきて、負担できないとなれば、そこで即ゲームオーバーだ。

 

グループは解散し、メンバーのほとんどはアイドルを完全に引退するだろう。

 

芸能の仕事を続けられそうなメンバーは多くない。

 

つまり、彼女たちに二度と会えなくなる。

 

その白黒がつきかねない日が、あと三週間少しまで迫っている。

 

 

衣装とグッズとチケットを満載したキャリーケースを手分けして抱え、ライブハウスの狭い階段を上る姿が頭をよぎる。

 

寒さに震えながら、フライヤーを配ろうとしては通り過ぎられていた様子を思い出す。

 

こちらはそうして、一人一人かき集めるのが精一杯だ。

 

現場のオタクの総力を結集して、確実にその力でチケットを買わせられたと言える新規は、俺が常連たちを観測している限り、せいぜいが20〜25人ほどだろう。

 

そのうち17人を集めたのが俺。残りのうち3人くらいを集めたのが、イナズマから入ってきたもう一人。

 

これが、紛れもない総力だ。

 

 

何をやっているんだろう、と思う。

 

自分の無力に嫌気が差す。

 

公式の方針にいちいちケチをつけ、徒党を組んでゴネまくり、わざわざチェキの列に並んでまで俺様の考えた戦略を押しつける、醜い厄介オタクの姿が頭から離れない。

 

そいつらを全員ぶっ殺して、代わりの援軍を用意できない自分が、ひたすら呪わしい。

 

 

「灰色くんの言葉にどれだけ救われてるか」

 

「灰色くんほど尽くしてくれる人今までで初めてだよ」

 

そんな言葉が、また胸で痛む。

 

己の無力が呪わしい。

 

 

AKBの人気投票に積みたがるガキじゃあるまいし、と呆れる。

 

どれだけ幼稚か。我ながら失笑ものだ。

 

ただ、耐えられなかった。

 

O-EASTの1300人を埋められなくてごめんなさいと泣く、その無垢な態度が、どうしても耐えられなかった。

 

一人一人がソロ曲をのびのびと歌い、大観衆の前でお披露目された新メンバーがはじめましてと挨拶する様子が、どうしても耐えられなかった。

 

 

俺の命と心を救ってくれた彼女たちは、あと1ヶ月足らずで800人を埋められなければ、解散するかもしれないのに。

 

どれほど願っても、四半世紀芸能の世界に身を置いていても、死に物狂いで人生を投げ打っても、800人キャパの会場に立つことさえ初めてなのに。それが最後になるかもしれないのに。

 

俺が石油王なら、なんて戯言を言う気はないけれど。

 

せめてもう少し、もう一人でも、人を動かす力があれば。

 

そう願わずにはいられなかった。

 

 

悔しくて、虚しくて。

 

最後の曲と同時に放たれた金テープがきらめく景色を眺めながら、なおも増していく1000人の熱狂と感動の中で、俺一人が唇を噛みしめていた。