灰色の殴り書き

昔の言葉で言うならチラシの裏です

【書評・感想】森博嗣「『やりがいのある仕事』という幻想」

タイトルの通りです。結構長くなったので、今日の日記から切り離しました。

 

小説家のエッセイってほとんど読んだことがなかったのですが、新鮮というよりは大部分が就職する以前からの自論と一致していたので、やっぱり結局そういう話になるよね、という確認がメインでした。初版がまさに自分の新卒一年目の春で笑ってしまいます。

 

一方で、何か意見を人に伝えるときも、説得力を増すために「◯◯って人も本でそう言ってた」みたいな権威づけが(研究データによる証明程のパワーはないにしても)あるに越したことはないので、そのためには是非彼の言葉も利用させてもらいましょう。そういうコスい発想自体が森博嗣には理解不能、軽蔑される類だと思いますが。

 

その他、内容は概ねタイトルから予想される通りです。ただし、そもそも森博嗣が「一般社会の価値観からすると変人に分類される、人恋しさとか生きづらさを一切感じない研究者が、企業勤めを経験せず自分を曲げないで突っ走った結果、好きでもない小説を書いて大当たり、一生遊んで暮らせる金と素敵な家族を既に入手済み」な人間である、という前提を受け入れることができないと、抵抗感に耐えられない人も多いかと思われます。

 

少なくとも、サラリーマンとして数十年にわたり悲喜交々、酸いも甘いも経験し尽くした末にたどり着いた境地からの金言、みたいなものを求めている人は、脳の血管に悪いだけなのでやめた方がいいですね。

 

終始一貫して「この人だったらそりゃそう言うよね」な本なので、成功者が開き直りやがって、と腹を立てて投げ捨てる人がいても全く不思議ではありません。

 

その上で、率直すぎる物言い(はぐらかさないのが真摯とも言えるし、合理的すぎて冷たく突き放しているとも感じられる)から使えそうなエッセンスを抽出して、少しでも自分が肩の力を抜く手助けにできればよし。そういうエッセイで、それ以上でも以下でもありません。縋りつく本ではなく、こういう考え方もあるよ、という本です。

 

ただし、何点か引っかかった点のうちでも、特に終盤になって「自分は50代なのでまだ年寄りではない」という物言いをするのは前後からすると矛盾を感じざるを得ないというか、己を何者でもないという立場に置く小狡い保険に見えてしまい、少々残念でした。

 

森博嗣ならではの、当時から未来への洞察は概ね正しい読みだったと感じられますが、それゆえに本書をこれから読む上での一番の問題は、出版から既に9年が経ったことでしょう。今これを読んで「なるほど、これからの世の中はそうなるのか!」と素直に驚いている人がいたら、ちょっと急ぎ目で色んな本に手を出すか何かすることを強く推奨します。

 

彼の小説はS&Mシリーズを途中まで読んだ程度で、「すべてがFになる」の未来予知とキャラ立ち・展開にこそ脱帽したものの、その後はそれほど……という程度のファン度合いだったので、かえってフラットに読めたのもよかったかもしれません。心酔しきっている作家のエッセイを読むのは危険な賭けでもありますからね。

 

あ、これは当然なので完全に蛇足ですが、自分のように床がいきなり崩壊してドン底のドン底まで落下して半身不随レベルに複雑骨折している人間が刮目開眼するほどの感動は勿論ありませんでした。

 

あとは、今表紙を見たら目に入ったのですが、「〜人生を抜群に楽しむための、"ちょっとした"アドバイス〜」という副題は言いすぎなんじゃないかな……新書にはありがちなこと、と言ってしまえばそれまでですが。

 

おしまい。