灰色の殴り書き

昔の言葉で言うならチラシの裏です

もがき

もがき、ってひらがなで書くとなんか違和感あるな、とか思いました。

 

ここのところずっと、苦しくなってはブログやらTwitterに吐き散らし、落ち着いたらツイートを消したりブログを下書きに戻したり、ということを繰り返している。

 

落ち込んでいるときと元気なときの差が激しすぎると自分でも思う。オオカミ少年のようになって、そのうち誰も話を聞いてくれなくなるのかな、とか悩んだりしている。

 

ただ、辛いときは本当にきつくて、押しつぶされたように苦しくなって、布団の中で手を動かしたり寝返りを打ったりするのもままならなかったりする。何も明るいことが考えられなくなって、絶望的な気分に支配され、すぐ疲れて横になってしまう。それがどうしても苦しくて、何かにすがるような思いでつい甘えたことを書いてしまう。

 

そのくせ、回復したら平気な面をしてラーメンがどうの、読んだ本がどうの、ゲームがどうのとツイートしている。自分でもどうかと思う。

 

ただ、嘘で元気だと書かないのと同じように、回復したのにいつまでも暗く振る舞うようなことはしてはいけないと思っているし、余計な心配をかけてしまうことにもなるので、最近は元気になったら元気になったなりの話をするようにしている。ありがたいことに、元気があってもなくてもその時なりの話をしてくれたらいいです、と言ってくれる人も何人もいて、すごく救われた気分になった。そういうわけなので、これが不愉快な人には重ね重ね申し訳ないが、距離を取ってもらいたい。

 

うつの波がすごくて苦しいときは、毎回今度こそダメかもしれないなと思いながら這いつくばっているし、明日の朝が来ても動けるかどうか分からない、いつまでも良くならないかもしれない、という恐怖でいっぱいになっている。

 

そこから回復したときは、まだ自分にも生きる気力が残っていたのか、と心底ほっとする。一方で、これじゃあ寛解はいつになるか分からないな、という気持ちは毎回強まっていく。こんなことを、もう何度も繰り返している。

 

心が追い詰められているときは、とにかく誰かに話しかけてほしい、孤独感を消してほしい、という気持ちが抑えられなくなる。そういうとき、ありがたいことにリプやDMをくれる人もいて、すぐに返信できなかったりもするのだけど、全てありがたく読ませていただいている。本当に救われている。そうして、何とか気持ちを少しでも落ち着けて、どうにか眠っている。

 

親しくしてくれている人、これまでに優しくしてくれた人、いいねを押してくれた人に、ちょっと今弱っているので助けてください、労ってください、何でもいいので返信ください、とすがってみようか、甘えてしまおうか、と思うこともある。ただ、きっと迷惑だろうなと思うし、みんな忙しいだろうし、もしも拒絶されたらとか考えてしまって、行動に移したことはない。そうしておいて、誰か見ていてくれ、聞いてくれ、と思って連投したりする。本当にタチが悪い。

 

そうこうして、みっともなくもがきながら、何とか今日までやってきた。いつもオオカミ少年にしか見えないかもしれないけど、誰か一人でも見捨てないでいてほしい、と自分勝手に願っている。

 

この先、状況は良くなるのだろうか、それは全く分からない。

 

ただ、いつかは助けてくれた人に恩返しがしたいな、会ってお話ができたりしたらいいな、ということだけは、ぼんやりと考えている。

 

ぼんやりと考えながら、たくさんの薬で病気を抑えつけて、フラつきながらなんとか生きている。